2024年02月22日

今帰仁から与那国島へ

今帰仁村に16日滞在し、昨日与那国島にやって来た。

今帰仁から与那国島へ

与那国島には5泊6日ほど滞在する。

今帰仁村での話をまとめる作業を並行しながら与那国島のことも書いて行きたい。

沖縄にこんなに長期滞在するのも、与那国島に来たのも人生で初めてのことである。

今帰仁から与那国島へ

昨日は「日本最西端の碑」へ行き、台湾に沈む夕陽を眺めた。

その前に与那国島といえば「久部良バリ」は見ておかねばならない。

今帰仁から与那国島へ

1609年の琉球への薩摩藩侵攻によって薩摩藩は琉球への年貢を強制した。琉球の米の出来高の3割に及ぶという過酷なものであったが、それを琉球王朝は人頭税という形で先島諸島に押し付けた。与那国島も例外ではない。

人頭税は村全体を対象にしたもので、頭数(あたまかず)が増えると租税も増えるために人口の増加の抑制をした、という悲しい跡だと言われている。

今帰仁から与那国島へ
今帰仁から与那国島へ

久部良バリは全長約15m,幅約3.5m,深さ約7mの規模がある。人頭税に苦しむ村の人々は妊婦にここを飛ばさせて、人減らしをしたという悲しくも恐ろしい伝説がある場所だ。

今帰仁から与那国島へ

ここから見える台湾の上に沈む美しい夕陽が、昔の悲しい歴史をも眺めていたのかと思うと、複雑な思いにかられる。


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