春の息吹
春の足音がはっきりしてきた。
広島は他県に比べて市街地を流れる川が多いことで知られているが、そこには多くの緑がある。
だから市街地を移動すると多くの木々の緑や河原に流れる風の心地よさをよく感じる。
その木々に鳥も集まる。
昔の人々が、沖縄に限らず花鳥風月を愛で、歌に表してきたのは、こうした自然が生活に密接してあったということだろう。
現代人は過酷な労働に縛られ、そのストレスの解放のために自然に触れる、といえば語弊かあるかもしれないが、そういう一面は否めない。
沖縄のウタを歌い三線を奏でる時、そこには古いウタも多くなる。昔の人々と今の私たちとでは自然との接し方は大きく違っていたのかもしれない。
河原にある木々も草もある人々が管理したもので「完全に」自然ではない。
それでも命であるから、私たちは愛でる。
愛でる心は変わらないが、古い歌を味わうには昔の人々の目線も意識すべきだなあ、と最近痛感している。
花を愛で、鳥の歌を聞き、春の香りを感じる時、昔の人々は何を感じたか、そして、私たちは何を思うのだろう。
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